読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

捨てる。活かす。  ~シンプルに軽やかに~

もう片付けしたくないので、とことん手放していきます。

捨てるものはだいたい捨てた。 その先へ。

f:id:ringo-ringo-c:20160712022425j:plain

 

ミニマリストになりたかった訳ではないけれど、あ、私ミニマリストはなれぬぞ、と気がづきました。このブログを始めて約1年半、捨てるものはだいたい捨て終える。同居・仕事・母親妻業をスムーズに消化していくために、今現時点はベストなのだと着地点を見つけた心地です。

 

捨てを通して身に付いたことは、なんといっても取捨選択にかける時間が短くなったことだと感じています。

 

これって、意外と馬鹿にできないなぁと思う。あと人生27年60歳までの間、取捨選択にかける時間が短いほど、他のやりたいことにかける時間が増えていくシステムが構築できたわけですから。

また、しっかりと自分軸を作り上げたわけで、仮に取捨選択の失敗はしても後悔する確率はグッと下がることに気が付いたのが一番大きな収穫でした。

 

仕事と違って、持ち物の選別は感情が絡んでくる分、本当にややこしい。だから自分は今、何か好きで何が嫌い、惰性か必要性があってのことか、自分の感覚の確認=自分軸を確立していったのが、今日までの「捨て」作業だったのだなと思います。

 

で、その先。

きっとこれから、ますます自分の時間は貴重なものになっていくと確信。

子供の成長とともに出る手助けや悩み、家族の介護も考えられる年齢に差し掛かってくるので、体力も気力も時間も搾り取られていくことがこのところリアルに想像ができるのです。悲しいけれど。

 

f:id:ringo-ringo-c:20170326055703j:plain

 

だが、緩やかに忍び寄る絶望に似たものに対して抗う術くらいは身に着けておきたい。だってまだ60歳までとりあえず27年「も」ある訳で。27年って短いようで逆に結構長い時間ともとれると思います。

 

色々考えてみたのですが、やっぱりこれからは「やりたくないことはしない」生き方にシフトしてく必要があると気づきました。

もちろんこれは責任放棄の意味ではなく、単純に、例えば「音のうるさい場所にとどまること」とか「体がしんどいのを我慢して頑張ること」とか。

 

私の場合、自分の感情や感覚をすり替えて「まだできる」「まだ頑張れる」と体のエンジンを高速回転させた結果、必ずどこかで体の不調が出るということを繰り返しています。それで今までやってきたので、これがずっと正しいことだと思ってました。本当にアホですね。アホの極みです。

 

あとは、無理して他人に合わせること。

これに関しては、二十代後半になってキャパオーバーになり、虚しさに気づいてから徐々にやめるようにし続け、今ではだいぶ楽になっています。友人の数は減ったけれど、新しい人との出会いも増えたので、心底本当にやめてよかったと思うことでした。

 

注げるエネルギーの限界が徐々に下がっていると感じる今日この頃。

やりたいことだけをやるにも、そのやりたいことを具体的かつ計画的に踏んでいくのも大変ですし、まずは「やりたくないことリスト」を作って、この先の準備運動をしようと思います。

 

※お知らせ ブログ村を退会致しました。(操作にかける時間を短縮したかった為)またこういったランキングに参加することがあるかもしれませんが、いったん手放してみようと思います。ご迷惑をおかけしますがなにとぞよろしくお願いいたします。